ジュリのプロフィール!幼少期から世界一周し終えた今に至るまでの人生。

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やっほーです!
今日はわたくし、ジュリのプロフィールを紹介します。

本名、長谷純里(ナガヤジュリ)
只今29歳、今年30歳のハーフ還暦プレミアムイヤーやってます!

誕生日は10月なので、お祝い待ってますね!w

ちなみに、旦那、ゴロウのプロフィールもあわせてどうぞ。

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 保育園・小学校時代

私は愛知県名古屋市で生まれ、ずっと名古屋で暮らしている。
名古屋の人は地元愛が強いって言いますが、その典型。

2歳から保育園に通い、
小学校では学童に通っていた。

未だによく言われるが、「感情が表に出ない」子供だったそうw

本当は楽しいのに、つまらなさそう、
本当はやる気あるのに、やる気なさそうに見える、

そうやって先生達から心配されていたそうw

そして昔から興味あることはあるけど、ないことには全く興味がない。
これも今と変わらないw

小さい頃からずーっとお母さんと一緒で、人と接する機会が少ない訳ではなかったから、
根本はそんな性格だけど、それなりにうまいことやる子供みたいなw

母は、小さい頃から保育園に行かせて、他人に平等に育てられた方がいいと
言っていたw

子供いないからわかんないけど、なんかウケるw

中学校時代

中学校まではわりと頭が良かった。

授業中に寝たこともなければ、勉強でわからないことも別に無かった。

校内で1番になったりはしないけど、ずっと上から1割にいた。
(その辺が詰めの甘い私w)

けどそれが悔しいということもなく、そこそこやれてる自分に満足していた。

部活はバスケ部。
弱小ながら、毎日しっかり練習して、休みもいつもこのメンツで遊んで、
今となっては最高の思い出である。

でも当時は毎日やめたくて仕方なかった!
本当にいやいや行っていたのを覚えている。

バスケ部に所属しながら、走ることが大嫌いでしょうがなかったw
当然、全く体力のない部員だった。

体力があるのに、バスケが下手な意味がわからなかった。

ありがたいことにスタメンだったけど、疲れたら早く交代して欲しかったw

つまり、疲れることは大嫌い、
疲れたらやめたい、でもやめる勇気がなくて結局引退まで続けちゃうへたれ時代。

 高校時代

そこそこの成績とともに、名古屋ではまぁまぁ頭の良い進学校へ。

そう、みなさんの想像通り、そこそこの成績では全く通用せず、
今度は常に下から数えて1割にいた。

いつもさぁも寝ようと思って、授業中も堂々と寝ていた。
諦めモード半端なかった。

でも、頑張って頭のいい学校に行った甲斐はある、と思っている。
出会う友達のレベルが変わるから。

頭のいい子って結構ぶっ飛んでて、面白い子が多い。
だからどんなに成績が悪くても、高校時代は楽しかった!!

高校ではハンド部に入った。
中学でやってたバスケ部は、鬼のように走らさられてたので、やめたw

ハンドは、先生にもチームメイトにも恵まれて楽しかった。
一つ下の後輩にスーパースターがいた為、県大会にも行けた。

シュートの8割をその子が打つ仕組みだったけどね笑。

引退後、それなりに勉強頑張って医学部を受けた。
もちろん受かるはずもなかった。

しかも浪人とかしても絶対受からないと確信していたので、早々に諦めた。

高校時代はちゃらんぽらんだったけど、みんなのおかげで楽しい青春時代って感じですね。

大学時代 

医学部を諦めた私は、地元の女子大に行った。
この辺ではお嬢様学校と言われる学校だ。

でも建築とかデザインの学部だったので、お嬢様感は少なかった。

製図したり、いろんな建築学んだりしながら、
相変わらずここでも、寝る時間が相当多かったw

女子大だから、スウェットで前髪にカーラー巻いてみたいな子もたくさんいた。

私も毎日すっぴんで通学。
バイトの時間が早い時は、学校で化粧して、バイトに行くみたいな感じ。

バイトはホテルでパーティーコンパニオンをしていた。
これも最初は嫌だったけど、気づいたら大学時代の4年間ずっとやっていた。

1回2時間の宴会で、6600円もらっていた。
これは4年も続けたから、5000円くらいからここまで昇給した。

1時間前に行って化粧直しして、髪の毛セットして、ださすぎる服に着替えて、
正に女の世界。
あれはあれで面白かったなw

社長や役員の好きな飲み物を覚えて宴会に入って、お話ししてね。
話すことも仕事の一つだから、ずっと喋ってても問題ないし。

とても割のいいバイトだったと思う。

居酒屋や事務のバイトもしたけど、唯一コンパニオンだけはずっと続いた。

貯めたお金で服や物を買うというよりかは、
旅行に行ったり、スノーボードにお金を使っていた。

スノボは、少しだけど友達と山にこもるほど大好きだった。

旅行は青春18切符で九州まで行ったり、車で四国まで旅したり、
卒業旅行で3週間ヨーロッパへ行ったり、とっても充実していた。

大学はたくさん趣味ができて、たくさん動いた4年間だった。

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家族構成

ここで私の家族について。

父、母、弟の4人家族。

お父さんは私が生まれた時、自分が30歳の時に医学部に入り直す。
お母さんは私が小学校の時、自分が35歳の時に看護学校に通い始める。

それまでは二人とも先生。

弟は現在、研修医。

つまり、医療家族。
おじいちゃんも、おばあちゃんも、おばさんもみんな医者。

おつw
私。

そりゃ医学部受けちゃうよね。
それ以外の仕事わかんないから。

きっとずっと自分だけ、なんか出来損ないだったことが
コンプレックスだったんだと思う。

別に比べられたり、何か言われたことは一度もないし、
家族のことは誇りに思ってるけど、どこかでずっともやもやしてたんだと思う。

だから、なんか変わったことがしたいとか、人と同じように生きたくないとか思って、
いつからか世界一周って夢を持ち出したのかもしれない!

それしか、なんか勝ち目ないみたいな感じ?

あとやばいだろって思うことは、
父は医者でありプロレスラーであるw

AEDマンとして活動してるんだけど、前にかかとの骨を複雑骨折していたwww

目立つことが大好きで、なんかわかんないけど熱量が半端ないw

▼ネタでしかないお父さんw

メディカルプロレスのサイトよかったら見てみてw
結構ちゃんとしてるからw

そんなお父さんを、お母さんは理解している。
だってプロレスやるにも、バカみたいに金使うのにw

けどそんな両親のおかげで、だいぶ柔軟な考え方ができる方だと思う。
やりたいことは何歳からやっても遅くないし、やれないことなんてないということ。

社会人時代

大学でやってた建築系の会社に行こうと思ったけど、見事に全部落ちたw

というわけで、もう1個興味のあったジャンル、ブライダルの世界へ。
ここに落ちたら沖縄に住もうと思ってたけど、無事に入社できた。

とりあえず結構ハードな仕事だった。

みんながよく知るプランナーではなく、スタイリストとして、
一緒にドレスやタキシードを選ぶ仕事。

0時を回る日も少なくなかったし、怒られる回数も半端ないw
2時まで職場にいたり、同僚が突如いなくなったり、色々あった。
休みの日は、職場からの電話に怯えることもしばしば。

でも仕事内容は決して嫌いじゃなかったし、一緒に働く人たちも大好きだった。
なんなら結構向いてたと思う。

今でも担当させてもらったお客さんと繋がっていられるのも、
そんな嬉しいことはない。

やりがいあったし、それだけ頑張ってた甲斐あって、
ショップの成績はいつもかなり良かった!!

ま、でもやっぱり辛いし2年ぐらいして、やめたいと上司に言った。
当然そんな上手くいくはずなく、丸め込まれて結局6年間働いた。

最終色々あって最後の10ヶ月ぐらいマネージャーとして働いた。

マネージャーとしてショップの数字管理したり、分析とかも結構好きだった。

下っ端時代に、こんな怒られるぐらいだったら、自分がトップに立ちたいと思ってた。

いざなったら、もちろん責任があるし、仕事内容は変わるし、楽ではないけど、
いい経験をさせてもらえたと思う。

私がマネージャーだった10ヶ月は、かなりゆるかったと思うw

その後、私は『世界一周に行きたい』というなんともふざけた理由で退社した。
まさかのこれで円満退社w

結婚

2015年の2月に結婚。

ゴロウは出会った次の日、「純里の夢はなに?」と聞いてきた。
今更夢聞いてくる人とかいるんだと思ったけど、答えちゃうよねー。

私が「世界一周に行きたい」と答えたら、まさかの意気投合!

前の彼氏の時も、私の夢は一緒だったけど、若いうちには絶対行けないと思ってた。
でもこの人となら、行けるなーって直感で思った。

それがきっかけで付き合って、結婚まですることに!

結婚式で、手紙を読んでくれたんだけど、
まだ仕事辞めるって決まってないのに、上司がいる中、
必ず世界一周に行くと堂々と言ってきたw

そーゆーところ!と思ったけど彼の中では計算だったみたい。
さすがであるw

現在

2016年の4月から、旦那ゴロウと二人で、半年間の世界一周に出かけた。

帰ってからコツコツ書いてます▼
世界一周の記事はこちら!!

これはずっと私の1番の夢だった。
気づいたらこんな人にまで、私って世界一周したいとか言っちゃってたんだ!!
てぐらい言いふらしてた。

旅行中、ゴロウとは半年喧嘩することもなく、めちゃめちゃ疲れたけど、
この上ないハッピーな時間だった。

帰ってきてからは、抜け殻だった。
目標とするものも無くなって、だらだらと過ごす毎日。

週2で近くのレストランでバイトしてみたはいいものの、なんとなくすぎる毎日。
派遣のバイトも紹介してもらったけど、何だか・・・

バイトが嫌すぎて書いた記事▼
やりたくない事はやめて、南国で一緒にパーティーしちゃいましょう!

ただ毎日遊んで過ごせることは、最高に幸せだということに気づいたw
当然なんだけど、そんなのできるはずないと思ってたのが間違い!

同時に、ゴロウのブログ熱が爆発!
触発され、私もこうしてブログ執筆中!

私たちはエスカレートして、南の島で過ごすことに決めた。

旅行中、海でのんびりすることが最高に幸せだった。
好きなことだけして生きていきたいよね。
という単純な考えw
だから行ってくる。

なのでゴロウも今年仕事を辞める。
年末からとりあえず、オセアニアの島に行こうと思う。

お金なくなったら、帰ってきて二人で働く。
お金貯まったらもう一回行く、
やりたいことで稼げるようになるまで、それを繰り返してたら、必ず成功するのです。

というわけで、みなさんもこっちの世界へどうですか?w

二人だけが楽しくても、つまらないってのが、
私たちの根本にはあるので、ぜひみなさんでワイワイしちゃいましょー!!

[関連] 好きで生きていくための方法。

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